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田村愛i  2020年08月10日   2000年10月03日
田村愛 【列伝】田村清顕の娘。伊達政宗に嫁ぐ。温厚かつ芯の強い女性で、夫によく尽くした。豊臣秀吉の人質として伏見にいた時に、国元の夫に激励の手紙を書いている。

 2020年05月28日   2000年10月03日
石川昭光 【列伝】石川家25代当主。伊達晴宗の四男。石川晴光の娘を娶り家督を継ぐ。当初敵対していたが、政宗が奥州の覇権を握ると傘下に入り、一門の筆頭に列せられた。

鮎貝盛次i  2020年06月19日   2000年10月03日
鮎貝盛次 【列伝】伊達家臣。最上義光の調略により長男・忠旨が謀叛を起こすも同調せず、鎮圧に貢献した。主君・政宗はその忠義を称賛し、一門に次ぐ一家の第一席に遇した。

秋保直盛i  2020年06月19日   2000年10月03日
秋保直盛 【列伝】伊達家臣。兄・資盛の死後家督を継ぐ。秋保郷を領し、最上家の度重なる侵攻を撃退した。葛西・大崎一揆の鎮圧でも功を立て、政宗から一家に列せられた。

柴田宗義i  2020年06月19日   2000年10月03日
柴田宗義 【列伝】伊達家臣。輝宗・政宗の2代に仕えた。政宗が上洛した際は付き従い、豊臣秀吉に拝謁した。娘は政宗の側室となり、宗信・宗高・牟宇姫の3人を産んだ。

大條宗家i  2020年06月20日   2000年10月03日
大條宗家 【列伝】留守景宗の三男。大條家は伊達家の庶流で、伊達宗行が東大枝に住み、地名を姓としたのに始まる。葛西・大崎一揆後の仕置で本領を離れてから大條と称した。

大條宗直i  2020年06月20日   2000年10月03日
大條宗直 【列伝】大條家7代当主。宗家の嫡男。伊達家の重鎮として、人取橋合戦、郡山合戦など多くの合戦に従軍。岩崎一揆鎮圧後は、盛岡藩への抑えとして藩境を守備した。

梁川宗清i  2020年09月06日   2000年10月03日
梁川宗清 【列伝】伊達家臣。稙宗の八男。伊達家の本拠地であった梁川城を拠点としたことから、梁川を名乗る。葛西・大崎一揆の際は、伊達盛重と共に米沢城留守居を務めた。

白石宗直  2020年06月20日   2000年10月03日
白石宗直 【列伝】登米伊達初代。梁川宗清の子。白石宗実の娘を娶り、家督を継ぐ。政宗の命で岩崎一揆を援助したことが露見し、責任をとり寺池城に転封された。

泉田重光i  2020年06月20日   2000年10月03日
泉田重光 【列伝】伊達家臣。政宗に重用され一家に列せられる。大崎合戦では、留守政景との不和から統制が取れずに大敗。和議の条件に人質となり、最上家に一時幽閉された。

浜田景隆i  2020年06月20日   2000年10月03日
浜田景隆 【列伝】伊達家臣。一本柳館主。政宗に仕え、人取橋合戦、大崎合戦や摺上原合戦などに従軍した。葛西・大崎一揆の際、宮崎城攻城戦で銃撃され戦死した。

虎哉宗乙i  2020年06月20日   2000年10月03日
虎哉宗乙 【列伝】僧侶。快川紹喜に師事し、大虫禅師と並んで天下の二大甘露門と称された。のち伊達輝宗から嫡男・政宗の師として米沢に招聘され、政宗の生涯の師となった。

粟野秀用i  2020年06月20日   2000年10月03日
粟野秀用 【列伝】豊臣家臣。もと伊達輝宗の次男・小次郎の傅役。小次郎謀殺のあとに出奔し、豊臣秀次に仕え伊予松前15万石を与えられた。のち秀次事件に連座し自害した。

小梁川親宗i  2020年06月20日   2000年10月03日
小梁川親宗 【列伝】伊達家臣。天文の乱に際し、弟・宗朝と別れて晴宗側に属す。乱の終息後、功績から高畠城を与えられる。中野宗時と共に上洛するなど外交面でも活躍した。

小梁川盛宗i  2020年06月20日   2000年10月03日
小梁川盛宗 【列伝】伊達家臣。親宗の子。最上家との合戦で先鋒を務め、大内定綱の討伐に従軍するなど活躍し、勇武に秀でた謀臣と評された。晩年は政宗に近侍し献策を行った。

鬼庭良元i  2020年08月10日   2000年10月03日
鬼庭良元 【列伝】伊達家臣。綱元の子。奉行職や評定役を歴任し、政宗の厚い信頼を得た。政宗の子・秀宗が伊代宇和島に転封した際は従って、宇和島藩の体制確立に貢献した。

伊達政隆i  2020年08月10日   2000年10月03日
伊達政隆 【列伝】岩谷堂伊達家初代当主。岩城常隆の子。佐竹義重の三男・貞隆が家督を継いだため、岩城家を追放された。祖父の実家・伊達家を頼り、一門として迎えられた。

 2020年09月07日   2000年10月03日
石母田宗頼 【列伝】伊達家臣。はじめ小早川秀秋に属すが、のち伊達政宗に仕える。石母田景頼の婿養子となり、家督を継いだ。奉行職を務め、行政面で優れた手腕を発揮した。

石母田景頼i  2020年08月10日   2000年10月03日
石母田景頼 【列伝】伊達家臣。家督を婿養子・宗頼に譲り、自身は桑折家の番代を務めた。政宗の庶子・秀宗の後見役となり、宇和島藩の筆頭家老として藩政を取り仕切った。

 2020年08月11日   2000年10月03日
天童頼澄 【列伝】最上家庶流。頼貞の子。天童城主。最上義光軍の攻撃を受け天童城は落城、母の実家・国分家を頼った。のち伊達政宗に出仕し、準一家の待遇を受けた。

石川実光i  2020年08月11日   2000年10月03日
石川実光 【列伝】二本松畠山家臣。主家の滅亡後は伊達成実に仕え、大崎家との戦いや長谷堂城合戦など各地の合戦で活躍した。防戦に長け、「不屬の弥平」の異名をとった。

田村月斎i  2020年08月11日   2000年10月03日
田村月斎 【列伝】田村家臣。義顕の弟。謀略に優れ、「攻めの月斎」の名で恐れられた。御家騒動の際は伊達家を支持、侵攻してきた相馬軍を撃退し、江井胤治を討ち取った。

瀬上景康i  2020年08月15日   2000年10月03日
瀬上景康 【列伝】伊達家庶流。瀬上家は5代当主・伊達宗綱の三男・瀬上行綱を祖とするという。輝宗・政宗の2代に仕え、相馬家との合戦で活躍した。のち一家に列せられた。

山家公頼i  2020年08月15日   2000年10月03日
山家公頼 【列伝】伊達家臣。政宗の命により、宇和島藩の惣奉行を務め伊達秀宗を補佐した。幕府との折衝や財政立て直しを断行したため、秀宗に疎まれ、一族とともに誅殺された。

原田宗資i  2020年08月15日   2000年10月03日
原田宗資 【列伝】伊達家臣。桑折宗長の子。原田宗時の死後、政宗の命で原田家の名跡を継ぐ。関ヶ原合戦では、敵対していた相馬家を説得し、伊達軍の領国通過を認めさせた。

 2020年08月15日   2000年10月03日
中島宗求 【列伝】伊達家臣。金山城主。輝宗・政宗2代に仕え、主に外交面で活躍した。政宗が秀次事件で謹慎を命じられた際、豊臣秀吉に直訴して処分を解くことに成功した。

 2020年09月25日   2000年10月03日
桜田元親 【列伝】伊達家臣。伊達秀宗の伊予宇和島への移封に従い、宇和島藩に仕えた。山家公頼と対立、讒言して殺害したとされる。のちに事故死したため、祟りと噂された。

 2020年08月19日   2000年10月03日
留守宗利 【列伝】水沢伊達家2代当主。大坂の陣で活躍したが、身分相応の軍役を負担しなかったため減封された。のち江戸城普請の功を認められ、水沢に所領を与えられた。

伊達定宗i  2020年08月19日   2000年10月03日
伊達定宗 【列伝】涌谷伊達家初代当主。亘理重宗の子。白石城攻撃戦や大坂の陣で活躍。政宗の庶子・宗根が亘理家の家督を継いだため、伊達姓を与えられ一門に列せられた。

北川宣勝i  2020年08月19日   2000年10月03日
北川宣勝 【列伝】浜田景隆の子。大坂の陣直前に伊達家を出奔、豊臣家に仕える。真田丸攻防の活躍から、長宗我部盛親を指揮下に置くことを命じられるも固辞した逸話が残る。

富塚宗綱i  2020年09月06日   2000年10月03日
富塚宗綱 【列伝】伊達家臣。天文の大乱の際、父が稙宗に属して討死にしたため、所領を没収された。のちに許され、輝宗の代には宿老に取り立てられた。和歌・連歌に優れていた。

山川賢信i  2020年08月19日   2000年10月03日
山川賢信 【列伝】富塚宗綱の子。大坂の陣では伊達家を出奔し、大坂城に入る。後藤基次に属し、天王寺・岡山の戦いで奮戦したが、大坂城落城後に投降、徳川家康に許された。

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