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 2020年06月16日   2000年10月03日
人見藤道 【列伝】佐竹家臣。主君・義重の命により、佐竹家譜代の家臣・人見氏の名跡を継ぐ。和田昭為、小貫頼久とともに奉行を務め、人材登用などの内政に手腕を発揮した。 佐竹家三奉行のひとり。

 2020年06月16日   2000年10月03日
小田野義忠 【列伝】佐竹家臣。義重・義宣の2代に仕え、軍事・外交の両面で活躍した。豊臣秀吉の朝鮮派兵の際は、肥前名護屋城に在陣。のちに佐竹家の秋田転封に従った。

 2020年06月16日   2000年10月03日
佐竹義喬 【列伝】佐竹家臣。東家・義堅の嫡男。東義喬とも。佐竹東家3代当主として、南陸奥方面の指揮を執った。子がなかったため、弟の義久が養嗣子となり家督を継いだ。

佐竹義尚i  2020年06月16日   2000年10月03日
佐竹義尚 【列伝】佐竹一門・佐竹南家当主。佐竹義昭の次男。常陸府中城主となり、兄・義重の補佐を務めた。陳代として那須領へ侵攻したが、自らも負傷する敗北を喫した。 佐竹みなみけ当主。

 2020年06月16日   2000年10月03日
佐竹義種 【列伝】佐竹家臣。南家・義尚の嫡男。叔父・義重に従い、北条家との戦いで戦功を立てた。主家が出羽秋田に転封された際、先んじて入国して治安維持に尽力した。

大縄義辰i  2020年06月16日   2000年10月03日
大縄義辰 【列伝】佐竹家臣。東家・義久の下で陸奥南郷地方を支配。蘆名家に入った義広(義重の次男)に従って会津に移る。蘆名家の譜代家臣と対立し、家中の分裂を招いた。

 2020年06月17日   2000年10月03日
真壁義幹 佐竹家臣。氏幹の弟。主君・佐竹義昭の加冠で元服し、一字が与えられた。手這坂合戦で活躍し、式部大輔の名乗りを許される。のち主家の出羽移封に従った。

戸村義国i  2020年06月30日   2000年10月03日
戸村義国 【列伝】佐竹家臣。義宣に従って大坂冬の陣に参陣、豊臣方の将を討ち取る功を挙げ、徳川秀忠から感状を授かった。2代藩主・義隆の執政を務め、6千石を知行した。

 2020年07月25日   2000年10月03日
根本里行 【列伝】佐竹家臣。那須家との大山田城の戦いで戦功を立て、部垂城代に任じられた。義重の三男・貞隆が岩城家に入嗣した際、岡本顕逸と共に随行し付家老を務めた。

佐竹義賢i  2020年08月04日   2000年10月03日
佐竹義賢 【列伝】佐竹家臣。東家・義久の嫡男。佐竹東家は一門衆の筆頭で、「御床机代」と称された。主家の秋田転封では、小場義成と共に檜山城に入り一揆の警戒に努めた。

岩城宣隆i  2020年08月04日   2000年10月03日
岩城宣隆 【列伝】亀田藩2代藩主。佐竹義重の四男。多賀谷重経の養嗣子となるが、改易されたため佐竹家に戻る。佐竹宗家の継嗣となった甥・義隆がの代わりに岩城家を継いだ。

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