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島津久保i  2020年10月06日   2000年10月03日
島津久保 【列伝】義弘の次男。主君・義久の娘を娶り、宗家の後継者として育てられた。九州征伐後は豊臣秀吉の傘下に入り、小田原城攻めに従軍。朝鮮派兵の陣中で病死した。

島津忠隣i  2020年10月06日   2000年10月03日
島津忠隣 【列伝】日置島津家2代当主。義虎の次男。貴久の三男・歳久の養子となる。豊臣秀吉の九州征伐軍に対して頑強に抵抗したが、根白坂の戦いで銃弾を浴び戦死した。

島津忠仍i  2020年10月07日   2000年10月03日
島津忠仍 【列伝】家久の次男。東郷家の養子となるが、朝鮮派兵の際に義弘の命により復姓する。病身だったために兄・豊久の遺領は喜入忠栄を婿養子に迎えて相続させた。

川上久辰i  2020年10月07日   2000年10月03日
川上久辰 【列伝】島津家臣。久朗の子。谷山地頭を務め、耳川合戦、肥後水俣城攻めなどに参加して功を立てた。朝鮮派兵にも従軍した。のちに「川上久辰耳川日記」を著した。

川上忠智i  2020年10月07日   2000年10月03日
川上忠智 【列伝】島津家臣。島津義弘の家老。木崎原合戦ではわずか50の兵で加久藤城を守り、3千の伊東軍を撃退した。肥後矢崎城攻めでは阿蘇家の中村惟冬を討ち取った。

 2020年10月07日   2000年10月03日
川上忠堅 【列伝】島津家臣。忠智の長男。沖田畷合戦では敵将・龍造寺隆信を討ち取る大功を挙げた。肥前鷹取城攻撃戦の際、敵将・筑紫晴門と一騎討ちをして相討ちとなった。

 2020年10月07日   2000年10月03日
川上忠兄 【列伝】島津家臣。忠智の次男。関ヶ原合戦に従軍、小返しの五本鑓の1人として奮戦した。戦後、弁明のため徳川家康のもとに赴き、「軍事に練達の者」と評された。 小返しの五本鑓のひとり。

川上久智i  2020年10月07日   2000年10月03日
川上久智 【列伝】島津家臣。忠智の三男。小返しの五本鑓の1人。朝鮮派兵の際は渡海し、泗川の戦いで活躍。関ヶ原合戦では捨て奸として奮闘し、徳川軍の追撃を振り切った。 小返しの五本鑓のひとり。

川上久林i  2020年10月07日   2000年10月03日
川上久林 【列伝】島津家臣。忠堅の子。小返しの五本鑓の1人。朝鮮派兵に従軍した。関ヶ原合戦の退却戦では、叔父たちとともに下馬して奮戦、主君・義弘の逃亡を助けた。 小返しの五本鑓のひとり。

 2020年10月07日   2000年10月03日
押川公近 【列伝】島津家臣。小返しの五本鑓の1人。家中随一の剛勇の士として名を馳せ、生涯で160人余を打ち取った。各地の合戦で功を立て、「強兵衛」の名を授かった。 小返しの五本鑓のひとり。

久保之盛i  2020年10月07日   2000年10月03日
久保之盛 【列伝】島津家臣。小返しの五本鑓。義弘・忠恒・光久3代に仕えた。朝鮮派兵では島津忠恒に従い武功を挙げ、「七兵衛」の名を授かった。関ヶ原合戦の退却戦でも活躍した。 小返しの五本鑓のひとり。

 2020年10月07日   2000年10月03日
村尾重侯 【列伝】島津家臣。島津義弘に仕え、木崎原合戦では伏兵として伊東軍を奇襲し、勝利に貢献。庄内の乱の際は島津豊久に従い追討軍に参加し、日向山田城を攻略した。

五代友喜i  2020年10月07日   2000年10月03日
五代友喜 【列伝】島津家臣。五代家は、初代・惟宗康友の子・康忠が五代院の院主になったのち、五代姓を名乗った。島津義弘に仕え、木崎原合戦に参加して戦功を立てた。

桂忠詮i  2020年10月07日   2000年10月03日
桂忠詮 【列伝】島津家臣。豊臣秀吉の九州征伐では平佐城に籠城し、小西行長らを相手に善戦するが、のち降伏した。島津義弘に従い関ヶ原合戦に参陣し、退却戦で活躍した。

新納忠増i  2020年10月12日   2000年10月03日
新納忠増 【列伝】島津家臣。忠元の次男。兄・忠堯が戦死し嫡子となる。豊後侵攻で戦功を立て、主家の勢力拡大に貢献した。関ヶ原合戦では、撤退する島津軍の殿軍を務めた。

本田親貞i  2020年10月12日   2000年10月03日
本田親貞 【列伝】島津家臣。主君・義久の側近として活躍し、義久初陣の際に太刀持ちを務めた。根白坂合戦の敗北後、義久とともに剃髪し、豊臣秀吉のもとに赴き降伏した。

町田久倍i  2020年10月12日   2000年10月03日
町田久倍 【列伝】島津家臣。忠良・貴久・義久・義弘の四代に仕えた。義弘三男・忠恒の元服に際しては、理髪役を務めた。秀吉の上洛命令に応じた義久の供として付き従った。

島津彰久i  2020年10月23日   2000年10月03日
島津彰久 【列伝】佐土原藩2代藩主。以久の長男。宗家当主・義久の次女を娶った。沖田畷合戦に従軍し、活躍した。朝鮮派兵では忠恒に従い渡海したが、陣中で病死した。

島津朝久i  2020年10月23日   2000年10月03日
島津朝久 【列伝】島津家臣。豊州家6代当主。島津忠親の子。北郷時久の弟。日向宮崎を領し、耳川合戦・岩屋城攻めなどで活躍した。豊臣秀吉の朝鮮派兵に従軍中、病死した。

北郷忠虎i  2020年10月23日   2000年10月03日
北郷忠虎 【列伝】島津家臣。時久の次男。九州征伐では都之城に籠城して抗戦を続けたが、主君・義久の説得を受け降伏。秀吉から所領安堵を許され、独立領主の扱いを受けた。

 2020年10月23日   2000年10月03日
北郷三久 【列伝】島津家臣。時久の三男。兄の遺子は幼少で家中を取り仕切る。朝鮮派兵、庄内の乱での活躍から当主に推す声があがり、島津家の仲裁で平佐北郷家を興した。

 2020年10月23日   2000年10月03日
伊集院忠真 【列伝】島津家臣。忠棟の嫡男。父が主君・忠常に謀殺されると都之城に籠城し、庄内の乱を起こした。一度は和睦したがのちに暗殺され、伊集院一族は粛清された。

鎌田政広i  2020年10月27日   2000年10月03日
鎌田政広 【列伝】島津家臣。政年の子。肥後水俣城攻撃、肥前竹崎城攻撃などに従軍して活躍。豊臣秀吉の九州征伐の際は、義久の使者として上洛して和睦交渉にあたった。

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