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毛利元秋i  2020年07月05日   2000年10月03日
毛利元秋 【列伝】毛利元就の五男。周防の豪族・椙杜家の養子となる。天野隆重の補佐を受けて月山富田城の城督を務め、尼子家旧臣の叛乱では、寡兵ながら居城を守り抜いた。

出羽元倶i  2020年07月05日   2000年10月03日
出羽元倶 【列伝】毛利元就の六男。石見の豪族・出羽元祐の養子となり、出羽姓を名乗った。元就死後に夭逝したため、誤解を恐れた元祐は輝元に起請文を書き、忠誠を誓った。

天野元政i  2020年07月05日   2000年10月03日
天野元政 【列伝】毛利元就の七男。右田毛利家の祖。安芸の豪族・天野元定の婿養子となり、家督を継ぐ。毛利家一門として多くの合戦に参陣し、上月城の攻略で功を立てた。

二宮就辰i  2020年07月19日   2000年10月03日
二宮就辰 【列伝】毛利元就の実子だが、家臣・二宮春久の子として養育された。毛利輝元に側近として仕え、広島城築城の普請奉行や領内検地を行うなど主に内政面で活躍した。

榎本元吉i  2020年07月19日   2000年10月03日
榎本元吉 【列伝】毛利家臣。毛利輝元の側近として仕え、朝鮮派兵にも従軍した。堅田元慶、佐世元嘉、二宮就辰、張元至と共に出頭人を務め、毛利家の行政に手腕を発揮した。

張元至i  2020年07月25日   2000年10月03日
張元至 【列伝】明から来日した医師の子で、毛利輝元に近侍する。行政に優れた手腕を発揮し、輝元の嫡男・秀就の付家老を務めたが、秀就の乳母との密通を疑われ自刃した。

桂広繁i  2020年07月25日   2000年10月03日
桂広繁 【列伝】毛利家臣。元澄の子。父の死後家督を継ぎ、元就の四男・穂井田元清の補佐役となった。羽柴秀吉の中国侵攻の際は備中加茂城に籠城し、最後まで抗戦した。

口羽春良i  2020年07月25日   2000年10月03日
口羽春良 【列伝】毛利家臣。通良の次男。おもに山陰方面で活躍した。主君・輝元に従い播磨上月城の戦いに参陣し、降伏した尼子再興軍の起請文に毛利代表として名を連ねた。

国司元武i  2020年08月04日   2000年10月03日
国司元武 【列伝】毛利家臣。国司元相の嫡男。父の隠居後に五奉行として活動し、毛利輝元の傅役となった。晩年まで交流があり、輝元は美酒を用意して元武を歓迎したという。

 2020年08月04日   2000年10月03日
国司元蔵 【列伝】毛利家臣。国司元相の子。主君・輝元の厚い信頼を受け、輝元の長男・秀就の傅役を務めた。朝鮮派兵の際は渡海し、晋州城の攻略戦に参加して戦功を立てた。

 2020年08月04日   2000年10月03日
志道元保 【列伝】毛利家臣。祖父・広良の後見により家督を継ぎ、元就の防長経路で活躍した。阿曾沼広秀や福原貞俊らと共に長門勝山城を攻略、大内義長を自害に追い込んだ。

内藤元盛i  2020年08月04日   2000年10月03日
内藤元盛 【列伝】宍戸元続の弟。内藤隆春の婿養子となり家督を継ぐ。大坂の陣では毛利輝元の密命を受け、佐野道可と名を変えて大坂城に入城した。戦後、責任をとり自害。

 2020年08月04日   2000年10月03日
児玉元良 【列伝】毛利家臣。就忠の子。父の死後家督を継いだ。五奉行として国政に参画したほか、各地の合戦に従軍し活躍した。娘は主君・輝元の側室となり、寵愛された。

和智元郷i  2020年08月07日   2000年10月03日
和智元郷 【列伝】誠春の嫡男。父が毛利隆元を毒殺した疑いで誅殺された際、起請文を提出して家名存続を許された。主家転封後は周防国吉敷郡に移り、領地経営に力を注いだ。

周布元兼i  2020年08月07日   2000年10月03日
周布元兼 【列伝】石見の豪族。はじめ益田藤兼に従い大内家に属したが、主家滅亡後は毛利家に従った。吉川元春に属して各地を転戦するが、播磨上月城攻撃戦で討ち死にした。

杉元相i  2020年08月10日   2000年10月03日
杉元相 【列伝】大内家臣。周防の豪族・杉家の一族。毛利元就の防長経略に降伏し、家臣となる。数々の合戦で活躍し、大内輝弘の乱では輝弘の逃亡を防ぎ、勝利に貢献した。

杉元宣i  2020年08月10日   2000年10月03日
杉元宣 【列伝】毛利家臣。元相の嫡男。美人の誉れ高い児玉元良の娘を妻としたが、主君・輝元に強奪される。所業を豊臣秀吉に訴えようとして、小早川隆景に謀殺された。

 2020年08月10日   2000年10月03日
佐世正勝 【列伝】尼子家臣。清宗の嫡男。父・弟と共に毛利元就の出雲侵攻軍に降る。小早川隆景に属し、のち推薦により毛利輝元に仕えた。父と同じく文芸に造詣が深かった。

 2020年09月14日   2000年10月03日
児玉就英 【列伝】毛利家臣。就方の子。毛利水軍を率いて各地の合戦で活躍。木津川口合戦では織田軍を破り、石山本願寺への兵糧搬入に成功した。のち淡路岩屋城を守備した。

児玉就兼i  2020年09月14日   2000年10月03日
児玉就兼 【列伝】毛利家臣。元実の嫡男で、就忠・就方の兄。安芸高田原の戦いで戦功を挙げ、興元から感状を授かった。のちに元就の奉行人を務め、側近として活躍した。

児玉就光i  2020年09月14日   2000年10月03日
児玉就光 【列伝】毛利家臣。就兼の嫡男。元就・隆元・輝元の3代に渡って仕え、内政や軍事の面で活躍した。郡山合戦、第一次月山富田城の戦いに参陣して戦功を立てた。

飯田義武i  2020年09月14日   2000年10月03日
飯田義武 【列伝】毛利家・川内警固衆の将。厳島合戦では本軍を包ヶ浦に輸送し、奇襲攻撃の成功に貢献した。毛利水軍の中核として、尼子・大友・織田家との合戦で活躍した。

阿曾沼元秀i  2020年09月15日   2000年10月03日
阿曾沼元秀 【列伝】毛利家臣。広秀の嫡男。文禄の役では、毛利元康に従軍し朝鮮に渡った。続く慶長の役では、毛利秀元に従い朝鮮半島各地を転戦、蔚山城の戦いで戦死した。

冷泉元満i  2020年09月15日   2000年10月03日
冷泉元満 【列伝】毛利家臣。隆豊の子。元成の防長経略の際に家臣となる。水軍の将として大友・織田家との戦いに従軍した。朝鮮派兵の際は渡海し、蔚山城の戦いで戦死した。

宍道隆慶i  2020年09月15日   2000年10月03日
宍道隆慶 【列伝】尼子家臣。尼子家一門で、西出雲に勢力を誇った。主家との対立から、月山富田城の戦いで大内家に寝返る。勢力を伸ばす毛利家に降り、出雲侵攻に従軍した。

宍道政慶i  2020年09月15日   2000年10月03日
宍道政慶 【列伝】尼子家臣。父と共に毛利元就の出雲侵攻軍に降る。出雲衆を統率し、吉川元春の山陰攻略を支えた。のちに輝元の許しを得て対立する大野家一族を謀殺した。

 2020年09月15日   2000年10月03日
天野元明 【列伝】毛利家臣。隆重の子。父と共に尼子家との戦いで武功を挙げ活躍。播磨上月城の戦いでは、吉川元春に属し参陣した。主家の防長移封に従い、萩に移り住んだ。

天野元信i  2020年09月15日   2000年10月03日
天野元信 【列伝】毛利家臣。兄・元明の養子となり家督を継ぐ。萩城築城の際、益田元祥との間に五郎太石盗難を巡る紛争が起こり、仲裁に出た熊谷元直とともに処刑された。

桂景信  2020年09月15日   2000年10月03日
桂景信 【列伝】毛利家臣。元澄の子。毛利家からの付家老として仕え、一門同格の待遇を受けた。おもに内政面で活躍し、備中賀陽郡での打渡状に井上春忠らとともに署名した。

 2020年09月15日   2000年10月03日
渡辺長 【列伝】毛利家臣。渡辺通の嫡男。神辺城攻めで武功を挙げたのを始め、各地の合戦に従軍。股肱の臣として重用され、長州藩の具足開きは、渡辺家が第一の栄誉に与った。

井上元光i  2020年09月15日   2000年10月03日
井上元光 【列伝】毛利家臣。元兼の弟。元就の宗家相続に尽力し、各地を従軍した。専横を極めた井上一族は30余名が粛清されたが、元就の妹婿だったことから免れている。

 2020年09月15日   2000年10月03日
井上元義 【列伝】毛利家臣。元光の子。母は元就の妹。父の死後、安芸井上本家を相続した。関ヶ原合戦の際、徳川家からの調略の書状を主君・輝元に差し出し、忠誠を示した。

井上春忠i  2020年09月16日   2000年10月03日
井上春忠 【列伝】小早川家臣。側近として隆景に仕え、各地の合戦で活躍。隆景が豊臣秀吉から筑前を与えられると、御奉行衆して博多復興や、名島城の城下町整備に努めた。

 2020年09月16日   2000年10月03日
今田経高 【列伝】吉川家臣。吉川経世の子。父や兄・市川経好と共に毛利元就の次男・元春の吉川家相続に尽力。武勇に優れ、元春に重用された。備中侵攻後に楪城代となった。

 2020年09月16日   2000年10月03日
香川春継 【列伝】吉川家臣。光景の次男。尼子家との戦いで活躍し、高田城籠城戦では一騎討ちで敵将を討ち取った。関ヶ原合戦後、岩国藩の家老となり、藩主・広家を補佐した。

 2020年09月16日   2000年10月03日
二宮俊実 【列伝】吉川家臣。厳島合戦で三浦房清を討ち取るなど、家中随一の猛将として各地を転戦し、勇名を馳せる。晩年に主君・広家に請われて「二宮俊実覚書」を著した。

平佐就之i  2020年09月16日   2000年10月03日
平佐就之 【列伝】毛利家臣。主君・元就の側近として取次役を務めた。逸話「三矢の教え」のもとである元就が息子たちに宛てた「三子教訓状」の返書宛先は就之となっている。

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