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人見藤道i  2020年05月16日   2000年10月03日
人見藤道 【列伝】佐竹家臣。主君・義重の命により、佐竹家譜代の家臣・人見氏の名跡を継ぐ。和田昭為、小貫頼久とともに奉行を務め、人材登用などの内政に手腕を発揮した。 佐竹家三奉行のひとり。

小田野義忠i  2020年05月16日   2000年10月03日
小田野義忠 【列伝】佐竹家臣。義重・義宣の2代に仕え、軍事・外交の両面で活躍した。豊臣秀吉の朝鮮派兵の際は、肥前名護屋城に在陣。のちに佐竹家の秋田転封に従った。

佐竹義喬i  2020年05月16日   2000年10月03日
佐竹義喬 【列伝】佐竹家臣。東家・義堅の嫡男。東義喬とも。佐竹東家3代当主として、南陸奥方面の指揮を執った。子がなかったため、弟の義久が養嗣子となり家督を継いだ。

佐竹義尚i  2020年05月16日   2000年10月03日
佐竹義尚 【列伝】佐竹一門・佐竹南家当主。佐竹義昭の次男。常陸府中城主となり、兄・義重の補佐を務めた。陳代として那須領へ侵攻したが、自らも負傷する敗北を喫した。 佐竹みなみけ当主。

 2020年05月16日   2000年10月03日
佐竹義種 【列伝】佐竹家臣。南家・義尚の嫡男。叔父・義重に従い、北条家との戦いで戦功を立てた。主家が出羽秋田に転封された際、先んじて入国して治安維持に尽力した。 みなみけ・佐竹義尚の嫡男。

大縄義辰i  2020年05月16日   2000年10月03日
大縄義辰 【列伝】佐竹家臣。東家・義久の下で陸奥南郷地方を支配。蘆名家に入った義広(義重の次男)に従って会津に移る。蘆名家の譜代家臣と対立し、家中の分裂を招いた。

 2020年05月17日   2000年10月03日
真壁義幹 佐竹家臣。氏幹の弟。主君・佐竹義昭の加冠で元服し、一字が与えられた。手這坂合戦で活躍し、式部大輔の名乗りを許される。のち主家の出羽移封に従った。

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